夏目漱石と愛媛県松山市は、漱石の代表作「坊っちゃん」の誕生や、近代文学の確立において極めて深い結びつきを持っています。
この記事は、その歴史的背景や愛媛県松山市における夏目漱石・小説坊っちゃんゆかりの場所のご案内、観光スポット、聖地巡礼について詳しく解説します。
「松山坊っちゃんあるある!」もありますよ!
2026年は小説坊っちゃん誕生120周年です!
松山市の夏目漱石ニュース!
松山市立子規記念博物館では2026年8月31日まで特別企画展「漱石と松山~愚陀仏庵から「坊っちゃん」へ~」を開催中です!
松山市立子規記念博物館のコーナーへ

漱石と関係の深い正岡子規の記事も是非お読みください!
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正岡子規の東京名所足跡めぐり5選_愛媛が生んだ偉人の東京の家やお墓について
漱石と知り合いだった秋山真之(秋山兄弟)の観光記事も是非お読みください!
「秋山兄弟」「坂の上の雲」の愛媛県観光スポットめぐり_県外施設や関連する学校もご紹介!
※各観光地の情報や値段等につきましては、閲覧日により変更されている場合があるため、公式サイト等でご確認ください。
【情報で愛媛を盛り上げる!愛媛においでたなもし!南海放送 RNBエンタメディア】
- 夏目漱石と愛媛県松山市の3つの大きな関係性について
- 愛媛県松山市の夏目漱石・小説坊っちゃんと関連の深い名所・観光スポットについて
- 愛媛県松山市の坊っちゃんあるある!
- 松山市内にはとにかく「坊っちゃん」「マドンナ」と付くものが多い(松山坊っちゃんあるあるその1)
- 松山市にある坊っちゃんの絵や像には「坊っちゃん」と「マドンナ」が並んでいる構図が多いが、小説内では2人の交流はほとんど無い(松山坊っちゃんあるあるその2)
- 「マドンナ」は「坊っちゃん」の彼女だと思っていた(松山坊っちゃんあるあるその3)
- 「坊っちゃん(※「っ」あり)」という表記と「坊ちゃん(※「っ」なし)」という表記を両方見かける(松山坊っちゃんあるあるその4)
- 小説内で坊っちゃんは松山を「不浄の地」などと散々こき下ろしているが、松山市民は優しく許している(松山坊っちゃんあるあるその5)
- 松山市民が全員小説「坊っちゃん」を読破しているわけではない(松山坊っちゃんあるあるその6)
- 小説「坂の上の雲」の秋山真之と漱石は同世代の知り合いだった(松山坊っちゃんあるあるその7)
- 「坊っちゃん団子」と言えば現在愛媛県の最強お土産の1つ(松山坊っちゃんあるあるその8)
- 小説坊っちゃんの舞台だけあり、坊っちゃん列車が色々な場所にある(松山坊っちゃんあるあるその9)
- 松山市の漱石グルメと言えばもぶり飯「松山鮓」(松山坊っちゃんあるあるその10)
- 夏目漱石・小説坊っちゃんの愛媛県松山市名所めぐりあとがき
夏目漱石と愛媛県松山市の3つの大きな関係性について
夏目漱石と愛媛県松山市とを繋ぐ理由は大きく3つに分けることができます。
それは
・28歳の時に英語教師として松山に赴任し約1年過ごしたこと。
・松山が生んだ偉人、正岡子規と交友が深かったこと。
・夏目漱石の代表作の1つである小説「坊っちゃん」は松山市が舞台なこと(作中では「四国の辺鄙な中学校」)。
となります。
上記の3つはそれぞれ大きく結びついていますが、この記事ではその3つの事実をそれぞれ解説させていただきます。
漱石と愛媛県松山市との関連性を是非知っていただき、松山市の坊っちゃん観光スポット巡りをどうぞ!
写真は松山城ロープウェイ駅舎建物前にある坊っちゃんとマドンナ像


漱石の英語教師としての松山への赴任について
漱石が松山に滞在したのは1895年(明治28年)4月から翌年4月までのわずか1年間でしたが、この時期の体験や人間関係が後の文豪である漱石の土台を作ったと言われています。
東京帝国大学を卒業した漱石(本名「金之助」)は、28歳の時に愛媛県尋常中学校(現在の松山東高校)の英語教師として松山に赴任しました。
当時の漱石は精神的な神経衰弱や強迫観念に悩まされ、東京の喧騒を離れて環境を変えたいという希望がありました。
当時の松山で教師としての漱石の月給は80円でした。
これは同校の校長より高額で、当時として破格の待遇でした。
赴任当初は城山の麓にある「愛松亭」という高級割烹を兼ねた離れに下宿しています。
漱石は当時の学生たちから「非常に厳格だが、丁寧な授業を行う先生」として慕われていました。
小説「坊っちゃん」では四国の学生をユーモラスかつ辛口に描いていますが、実際の漱石は熱心に英語を教え、生徒たちと親しく交流していました。
写真は現在の愛媛県立松山東高等学校の校門付近です。
地元では東高と呼ばれ、進学率の非常に高い松山市の名門高等学校として有名です。
松山東高校は、女子ボート部の映画「がんばっていきまっしょい」の舞台にもなりました。

写真は愛媛県立松山東高校の敷地内にある「明教館(めいきょうかん)※江戸時代に伊予松山藩が設立した藩校」にある漱石の肖像画
※明教館の見学には松山東高校の許可が必要です。




漱石と正岡子規について
漱石の松山での日々で欠かせないのが、同い年の親友であり俳句界の巨匠である正岡子規との交流です。
元々漱石と子規は東京大学予備門(のちの第一高等中学校)に入り、1889年共に22歳の時に出会っています。
落語という共通の趣味や、お互いの文集や紀行文を批評し合ったことをきっかけに意気投合し、生涯の親友となりました。
そこからの生涯を通じての長い付き合いとなります。
1895年(明治28年)、子規は日清戦争の従軍記者として赴いた清国(中国)から帰国する途中で喀血し、故郷である松山に戻り、漱石の下宿である「愚陀仏庵(ぐだぶつあん)」の1階で療養生活を始めました。
漱石の号「愚陀仏」にちなんだこの家で、2人は約52日間の共同生活を送ります。
子規が滞在を始めると、松山の俳人(高浜虚子や河東碧梧桐など)が連日のように愚陀仏庵に集まり、句会を開くようになりました。それまで文学的な主軸を漢詩に置いていた漱石もこの輪に加わり、子規から直接指導を受けることで本格的に俳句の世界へと傾倒していきました。
漱石は子規の文学に対する凄まじい情熱に刺激を受け、子規もまた、漱石の深い教養と感性を高く評価していました。松山での子規との共同生活等が、のちに漱石が「吾輩は猫である」などで小説家デビューを果たすための文学的土壌が育ったとも言われています。
漱石と関係の深い正岡子規の記事も是非お読みください!
正岡子規の愛媛県松山市名所めぐり11選_松山で子規を知る!
正岡子規の東京名所足跡めぐり5選_愛媛が生んだ偉人の東京の家やお墓について

写真は正岡子規の記念施設「子規堂」にある実際に乗車できる坊っちゃん列車の客車

小説「坊っちゃん」の誕生と松山について
写真は小説「坊っちゃん」の登場人物がデザインされた絵皿のセット

松山での実体験をベースに、松山への赴任から10年後の1906年(明治39年)に発表されたのが、国民的ベストセラー小説「坊っちゃん」です。
日本全国の教科書にも掲載が多いので、その題名や内容は大変な知名度ですよね。
主人公の「坊っちゃん」のモデルは漱石自身や同僚、物理学校(現在の東京理科大学)出身の数学教師など複数人の要素が混ざっています。
また、「赤シャツ」や「野だいこ」などの個性豊かな登場人物も、当時の松山中学に実在した教職員たちの特徴を誇張して表現したとされています。
写真は坊っちゃん誕生120年を記念した、新潮文庫版「坊っちゃん」の愛媛県のゆるキャラ「みきゃん」限定カバーです。
愛媛県の最強ゆるキャラ「みきゃん」については是非下記のページをご覧ください!
愛媛県でみきゃんを楽しむ方法!みきゃんは愛媛のアイドルやけん!

愛媛県松山市の夏目漱石・小説坊っちゃんと関連の深い名所・観光スポットについて
現在も松山に残る漱石の足跡等により、愛媛県松山市は「いで湯と城と文学のまち」を掲げており、街のいたるところに漱石や小説坊っちゃんゆかりのスポットが点在しています。
この記事ではその1つ1つを解説させていただきます。
漱石ファンの方が松山にいらっしゃった際は、是非参考にしていただき坊っちゃん巡りをしてくださいね!
写真は道後温泉本館近くの「道後 坊ちゃん広場」にある小説坊っちゃんの登場人物像です。
左前から「赤シャツ」「マドンナ」「坊っちゃん」「野だいこ」
後列左から「山嵐」「狸」「うらなり」
※この像は道後温泉本館向かってすぐ左の「道後 坊ちゃん広場」にあります。

愚陀仏庵「ぐだぶつあん」(2026年7月24日開庵)

愚陀仏庵は、明治時代に漱石が愛媛県松山市に赴任していた際の下宿先で、当時の上野家の離れです。
漱石の俳号「愚陀仏」に由来します。
1895年(明治28年)の秋、英語教師として松山に赴任していた漱石のもとに、結核を悪化させた子規が転がり込みました。この期間二階を漱石、一階を子規の部屋として、日夜多くの俳人たちが出入りし、ふたりは互いに文学や句作に没頭しました。
そして52日間ふたりで共同生活を送りました。
愚陀仏庵は今や日本の近代文学と松山の俳句文化等にとって非常に重要な場所となっています。
漱石の随筆である「正岡子規」に掲載された愚陀仏庵での日々を表現している一節「僕は二階に居る、大将は下に居る。其のうち松山中の俳句を遣る門下生が集まって来る」が有名です。
新しい愚陀仏庵は、松山市の番町小学校プール跡地に再建されました。
元々愚陀仏庵のあった跡地からは徒歩数分です。
建物構造は当時の姿やたたずまいを忠実に再現した木造2階建ての建物です。
敷地への入場は無料です。敷地内には中庭や芝生広場、イベントスペースも設けられており、市民や観光客が気軽に立ち寄れるオープンな空間となっています。
愚陀仏庵の詳細について
愚陀仏庵はまず「母屋ガイダンス棟」から入場します。
ガイダンス棟には展示交流スペースが設けられ、漱石と子規の交流や市内の文化史跡が紹介されています。
写真は愚陀仏庵の母屋ガイダンス棟

建物に入ると、漱石と子規の愚陀仏庵オリジナルキャラクターのお出迎えです。
記念写真に良いですね。

漱石と子規のキャラクターがデジタルサイネージによって漫画による物語や松山の観光地等を紹介してくれます。


漱石と子規の52日間の共同生活が分かり易く解説されています。

愚陀仏庵のお土産販売や、松山市でよく見る俳句ポストもあります。

写真は愚陀仏庵の1階です。主に子規が活用し頻繁に句会等が開催された部屋が再現されています。

写真は愚陀仏庵の2階です。漱石が過ごした部屋が再現されています。

二階には漱石の書斎も再現されています。

二階では小説「坊っちゃん」の原稿(複製)を見ることができます。

敷地内には中庭や芝生広場があり漱石や子規に想いを馳せながらくつろぐことができます。

開館時間 10時 ~19時30分
休館日 水曜日、年末年始
入館料 無料
愚陀仏庵住所:愛媛県松山市二番町4丁目
実際の愚陀仏庵跡地の石碑
愚陀仏庵の当時の正確な跡地は現在駐車場になっており、石碑が残っています。
建物自体は戦災で焼失しました。
新しく完成した愚陀仏庵からは徒歩ですぐなので、愚陀仏庵の見学の際には是非お立ち寄りください。


愚陀仏庵跡住所:愛媛県松山市二番町3丁目7-10
道後温泉本館

漱石と道後温泉は、名作小説「坊っちゃん」の誕生を通じて極めて深い結びつきを持っています。
英語教師として松山へ赴任した漱石は、前年に改築されたばかりの道後温泉本館を大変気に入り、熱心に通いました。友人への手紙でも「随分結構に御座候」と大絶賛しています。
小説坊っちゃんの作中で「住田の温泉」として登場するお湯は、まさに道後温泉がモデルです。
主人公の坊っちゃんが「おれはいつでも上等へ這入った」と語るエピソードは、当時の本館3階の個室サービス(浴衣貸出、お茶、団子付き)がベースとなっています。
坊っちゃんは「ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが、温泉だけは立派なものだ」と作中で温泉を褒めたたえています。
坊っちゃんは誰もいない温泉の湯船で泳ぎ、翌日「湯の中で泳ぐべからず」という貼り札をされてしまうユーモラスな場面が有名です。
松山市にいらっしゃったら、是非道後温泉本館の日帰り入浴をご体験ください!
利用料金
(神の湯入浴のみ)
大人……700円
子供……350円
営業時間 6時00分~23時00分
(神の湯入浴、神の湯二階席休憩)
※貸浴衣、お茶・お茶菓子付き
大人……1,300円
子供……650円
住所:愛媛県松山市道後湯之町5番6号
道後温泉本館の日帰り入浴の詳細につきましては是非このページをご覧ください!
道後温泉本館 愛媛県のおすすめ日帰り温泉地域別36選!
道後温泉本館と道後温泉周辺の関連情報は是非下記をお読みください!
道後温泉は日本最古の温泉!道後温泉周辺の観光や歴史について!



道後温泉本館 坊っちゃんの間について
道後温泉本館の「坊っちゃんの間」は、本館の建物3階にある漱石ゆかりの個室です。
松山へ赴任した漱石が、子規とともに道後温泉に浸かり、湯上りにくつろいだ部屋とされています。室内には漱石の写真等が展示されており、対象の入浴プランなどで見学が可能です。




道後温泉本館 坊っちゃん泳ぐべからずの札
「坊っちゃん泳ぐべからずの札」は、「小説坊っちゃん」の作中エピソードにちなんで、道後温泉本館の男湯(神の湯)の壁に掲げられている木製の注意書きです。
入浴される機会があれば是非ご覧ください。

道後温泉本館住所:愛媛県松山市道後湯之町5-6
漱石珈琲店 愛松亭「あいしょうてい」(愛松亭跡)
漱石が東京から英語教師として松山に赴任し、すぐに住んだ下宿の地は、当時「愛松亭」という小料理屋でした。
漱石はこの地を大変気に入り「小生宿所は眺望絶佳の別天地」と子規への手紙に書いています。
現在はこの地に「漱石珈琲店 愛松亭」があります。
席は室内と屋外にもあり、漱石に想いを馳せながらゆっりと珈琲等でくつろげます。
漱石にゆかりのある場所だけに愛松亭は猫を飼っているので、たまに猫と出会えます。
※過去にこの地に復元された愚陀仏庵がありましたが、平成22年(2010年)の豪雨による土砂崩れで倒壊したという歴史があります。
営業時間10時00分~17時30分(17時00分ラストオーダー)
定休日 月曜日




写真は愛松亭の人気メニュー「愛媛県産フルーツパフェ」

漱石と関係の深い場所だけに猫が飼われています。


愛松亭住所:愛媛県松山市一番町3丁目3-7
写真は同じ敷地内にある萬翠荘(ばんすいそう)
愛松亭と同じ敷地内に萬翠荘があります。
萬翠荘は大正時代に建てられた、旧松山藩の子孫・久松定謨(ひさまつさだこと)の別邸で、今や愛媛県の指定有形文化財です。
久松定謨がはフランスでの生活が長かったことから、フランス風の建築になりました。
几帳面に整えられた木々に守られる、白い洋館です。
内部はマントルピースや大きな鏡、階段などひとつひとつがドールハウスのように可愛く、女性に人気があります。
愛松亭にいらっしゃった際には萬翠荘にも是非お立ち寄りください。
開館時間 9時00分~18時00分
休館日 月曜日(祝日の場合は開館)
観覧料 大人 400円、小人 200円、未就学児 無料


萬翠荘住所:愛媛県松山市一番町3丁目3-7
コーヒー&ステーキ 坊っちゃん(漱石直筆の手紙が閲覧できます)
松山市のメイン商店街である大街道を歩いていると、大きな坊っちゃん列車のレプリカがあり驚かされます。この坊っちゃん列車の奥が「コーヒー&ステーキ 坊っちゃん」です。


コーヒー&ステーキ 坊っちゃんは、大変くつろげる良い感じの昭和レトロな喫茶店です。
創業75年になり、珈琲も良い香りですが本格的なステーキが大変美味しく、地元では有名なカフェです。
店内には漱石直筆の手紙やオーナメントがあり、漱石の聖地的な場所になっています。
定休日 年中無休
営業時間 10時00分~18時00分
コーヒー&ステーキ 坊っちゃんの店内では、漱石直筆とされる手紙を見ることができます。


コーヒー&ステーキ 坊っちゃんの店内には、漱石のオーナメントや展示物があります。



コーヒー&ステーキ 坊っちゃんの店内風景です。
レトロ好きな方には大変居心地のよい店内です。

メニューにも漱石が登場です!

コーヒー&ステーキ 坊っちゃんの名物「ステーキ(和風味)」です。
松山市民には昔からお馴染みの味ですね。私も大好きで何度食べたか分かりません。

住所 愛媛県松山市大街道2丁目1-11
※大街道商店街の中にあります
ターナー島「四十島(しじゅうしま)」
ターナー島は正式名称を「四十島(しじゅうしま)」と言います。
なぜターナー島と呼ばれるかと言うと小説「坊っちゃん」中で、主人公が「赤シャツ」「野だいこ」と3人でちょうどこの辺りに船で釣りに来た時の話があります。
赤シャツがこの島を見て「あの松を見たまえ、幹がまっすぐで、上が傘のように開いてターナーの画にありそうだね」「これからあの島をターナー島と名づけようじゃありませんか」と言います。これは赤シャツが中学校の教頭で大変なインテリだという事を証明する場面なのですが、この1節以来この島(四十島)は今でも通称ターナー島と呼ばれています。
今や松山市の観光名所の1つなのです。
ターナー島へは、伊予鉄道の松山市駅より高浜線に乗り、高浜駅(終点)で下車します。
駅を出て海沿いの小道を約500mほど南へ歩くと、海辺周辺から島を望めます。

下の写真は、松山市の高浜港から興居島に向かうフェリーから見たターナー島


ターナー島(四十島)住所: 愛媛県松山市高浜町1丁目
松山中学校跡の碑
明治期の松山中学校(愛媛県尋常中学校)は、現在の愛媛県立松山東高等学校の前身です。
同中学校は愛媛県における近代教育の拠点でした。
漱石が当時英語教師として赴任した学校で、小説「坊っちゃん」の舞台になりました。
秋山真之や正岡子規が学んだことでも有名ですが、2人とも東京の共立学校受験の為(現在の東京大学受験の為)中退しています。
現在の愛媛県立松山東高校は別の場所にあり、進学率の非常に高い松山市の名門高等学校として有名です。
写真はNTT西日本愛媛支店前の敷地にある「漱石ゆかりの松山中学校跡」の碑です。
「漱石先生のみち」の碑もあります。
「漱石先生のみち」とは、松山市の二番町通りの愛称です。漱石が松山中学校へ通勤する際に実際に歩いて通った道で、愚陀仏庵跡地と松山中学校跡地とを結んでいます。



旧制松山中学校のシンボルツリーとして「ユーカリの木」があります。

松山中学校跡の碑住所:愛媛県松山市一番町4丁目 二番町通り
坊っちゃん列車ミュージアム
坊っちゃん列車ミュージアムは、伊予鉄道の歴史を紹介する無料の資料館です。
坊っちゃん列車1号機関車の原寸大レプリカや、貴重な車両部品が展示されています。
伊予鉄道が1887年(明治20年)に創立してからの歴史や、実際のレール、車両部品、パネルなども間近で見学可能です。
場所は愛媛県松山市の伊予鉄グループ本社ビル1階のスターバックスの奥にあります。
開館時間 7時00分〜21時00分
休館日 年中無休
入館料 無料


伊予鉄道の公式キャラクター「いよこさん」がお出迎えしてくれます。




坊っちゃん列車ミュージアム住所:愛媛県松山市湊町4丁目4-1 伊予鉄グループ本社ビル1階
※スターバックスの店内に入って行き奥にあります。
坊っちゃん列車の展示と走る坊っちゃん列車に乗る!
現在の伊予鉄道後温泉駅に展示されている坊っちゃん列車は、漱石の「坊っちゃん」の登場人物が乗った列車をモチーフに作られました。
小説内で列車は「マッチ箱のような汽車」と表現れており、その愛らしくもこぢんまりとしたサイズ感が印象的に描かれています。
現在はディーゼル機関車となっており、実際に休日に汽笛を鳴らしながら松山市内を走るので、有料で乗車することができます!
黒塗りで小さく、おもちゃのように可愛い汽車です。
小さなお子さんは勿論、大人でも童心に帰って是非体験したい乗り物でしょう。
実際の走る坊っちゃん列車に乗るには?
料金 大人 1,300円 小児 650円
運航日 土曜、日曜、祝日
※年末年始(12月30日~1月3日)の間は運行いたしません。
道後温泉⇔松山市駅
道後温泉⇔JR松山駅前・古町
坊っちゃん列車 | 時刻表 | 運行ダイヤ | 伊予鉄
写真は伊予鉄道後温泉駅前に展示されている坊っちゃん列車

写真は松山市内(愛媛県庁前)を走る坊っちゃん列車


写真は伊予鉄松山市駅での名物作業である坊っちゃん列車の手動による方向転換です。
松山市駅では坊っちゃん列車の機関車は手動でジャッキ等も使い方向転換を行います。
軌道上に転車台がないため、車体に内蔵された油圧式ジャッキで機関車を持ち上げ、人の手で回転させるのです。
絶好の写真撮影や動画撮影の瞬間です。



坊っちゃん列車展示の住所:愛媛県松山市道後町7
坊っちゃんからくり時計
坊っちゃん列車がある道後温泉駅前の放生園には、坊っちゃんカラクリ時計という立派な時計が飾られています。
30分~1時間おきに、音楽と共に「坊っちゃん」のキャラクターたちが飛び出すメルヘンな演出を見られます。
近くには、道後温泉の源泉を使った足湯も設置されているため、足湯に癒されながら可愛い時計を観賞したいものです。

坊っちゃんカラクリ時計住所:愛媛県松山市道後湯之町6-7
梅津寺公園の伊予鉄道1号機関車実物(実際に当時走っていた坊っちゃん列車)の展示

写真は実際に当時走っていた坊っちゃん列車の貴重な機関部です。大変保存状態が良いです。

梅津寺公園は愛媛県松山市梅津寺町にある伊予鉄グループの公園です。
かってここには「梅津寺パーク」という遊園地があった場所です。
現在の園内には梅や桜、ツツジなどの四季折々の花木が植えられてお伺いすると癒されます。
「坊っちゃん列車(1号機関車)」の当時走っていた実物が展示されており、これは日本に現存する最古の軽便機関車です。
明治21年から昭和29年まで、67年間この車両が実際に松山を走っていました。
正式名は「甲1型1号機関車」で、日本国有鉄道指定記念物、県指定民俗資料に指定されています。
写真は梅津寺公園入口

写真は梅津寺公園の園内

写真は梅津寺公園内にある句碑「蒼天の 島山と海 裸の子」
森白象(もりはくしょう)の句です。高野山真言宗管長等を務め「白象」の号で高浜虚子に師事した俳人です。


梅津寺公園は、伊予鉄道の松山市駅から高浜線に乗り「梅津寺駅」下車、徒歩すぐです。
営業時間 9時00分~17時00分
休園日 木曜日(ただし、木曜が祝日の場合は直前の平日)、年末年始
入園料 大人500円、小児250円(3歳~小学生)
※みきゃんアプリで支払うと割引されるのでお得です。
梅津寺公園住所:愛媛県松山市梅津寺町1386-5
松山市立子規記念博物館
松山市立子規記念博物館では2026年8月31日まで特別企画展「漱石と松山~愚陀仏庵から「坊っちゃん」へ~」を開催中です!※別途特別企画展観覧料が必要です。

子規記念博物館は正岡子規の歴史や俳句、その人生や生活について詳細まで触れることができる博物館です。
愛媛県松山市は子規の偉業もあり、今でも「俳都松山」と呼ばれ、街には俳句ポストが点在し、夏には高校生の「俳句甲子園」が開催されるほど俳句が親しまれている街になっています。
子規と関係の深かった漱石関連の展示物もあるので、漱石ファンには是非訪れることをお勧めする博物館です。

子規記念博物館の「しっきーとあそぼ」ではAR機能付大型モニターでオリジナルキャラクター「しっきー」と一緒に記念撮影などができます。

子規記念博物館の中にも愚陀仏庵の1階部分が復元されていて、中で記念写真を撮ることができます。

写真は漱石と子規の学生時代等身大パネル

開館時間
5月1日〜10月31日 9時〜18時(入館は17時30分まで)
11月1日〜4月30日 9時~17時(入館は16時30分まで)
料金
個人500円
団体(20人以上)400円
小中高校生は無料。
65歳以上の高齢者個人250円 団体200円(証明書提示要)
※身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳の所持者は無料、また所持者1名につき介護者1名無料(それを証明する書類またはスマートフォンアプリを提示)
松山市立子規記念博物館住所:愛媛県松山市道後公園1-30
愛媛県松山市の坊っちゃんあるある!
さてここからは、愛媛県の松山市民でしたら「なるほどー!あるある!」と納得いただける、
「松山市の坊っちゃんあるある!」をお伝えさせていただきます。
これから松山市に旅行に来られる方は、是非お読みください!
愛媛あるあるにご興味がありましたら是非下記のページも御覧ください!
愛媛あるある【決定版】愛媛の民による93あるあるを徹底解説!
松山市内にはとにかく「坊っちゃん」「マドンナ」と付くものが多い(松山坊っちゃんあるあるその1)



漱石の小説「坊っちゃん」の舞台になったことから、松山市はとにかく「坊っちゃん〇〇」「マドンナ〇〇」と命名される場所やものが多いです。
坊っちゃん団子・坊っちゃん列車・坊っちゃん劇場・坊っちゃん湯・坊っちゃん文学賞・坊っちゃん電力事業部、など数えきれないほど「坊っちゃん」というキーワードが活用されています。
松山中央公園野球場の名前が「坊っちゃんスタジアム」で、サブ球場が「マドンナスタジアム」なのは基本です。
松山市にある坊っちゃんの絵や像には「坊っちゃん」と「マドンナ」が並んでいる構図が多いが、小説内では2人の交流はほとんど無い(松山坊っちゃんあるあるその2)
写真は道後商店街(道後ハイカラ通り)の入り口にある坊っちゃんとマドンナの顔はめパネル

写真は愛媛県を代表するゆるキャラ「みきゃん」の坊っちゃんとマドンナのコスプレ。


小説「坊っちゃん」において、坊っちゃんとマドンナが直接に接触して会話したりすることは一切ありません。
作中にはマドンナの名前や噂は度々登場しますが、坊っちゃんが停車場で汽車を待っている時と土手を歩いている時、マドンナらしき人を2度見かけるだけなのです。
マドンナは小説内のヒロインというよりは「赤シャツの彼女になった女性」として描かれます。
ですが松山市内では、ポスターや銅像等々、何かと「坊っちゃん」と「マドンナ」は恋人の様に寄り添って登場しています。
その方が小説坊っちゃんのアピールとしておさまりが良いからだと思われます。
「マドンナ」は「坊っちゃん」の彼女だと思っていた(松山坊っちゃんあるあるその3)
(松山坊っちゃんあるあるその2)の影響で、松山市の民で「小説坊っちゃん」を深く読み込んでいない人は「坊っちゃんとマドンナって恋人なんやろ?」と思っている方が多いです。
松山市内では写真の銅像の様に何かと坊っちゃんとマドンナがいっしょにいるからです。

「坊っちゃん(※「っ」あり)」という表記と「坊ちゃん(※「っ」なし)」という表記を両方見かける(松山坊っちゃんあるあるその4)
写真は「坊ちゃん」表記の商品

写真も「坊ちゃん」表記

松山市にいると「ぼっちゃん」という表記について、「坊っちゃん(※「っ」あり)」と「坊ちゃん(※「っ」なし)」と2つの表記の両方を見ることができます。
なんと元々の小説坊っちゃんは「坊つちゃん(※大きい「つ」活用)」だったという話もあります。ですので「ぼっちゃん」表記は3つとなります。
「坊っちゃん(※「っ」あり)」
「坊ちゃん(※「っ」なし)」
「坊つちゃん(※大きい「つ」活用)」
この中では一番「坊っちゃん」の活用が多い気がしますが、ネットでも完全一致の検索方法「””」を使い「”坊ちゃん”」と検索すると、漱石の小説を指す単語としてなんと超大量の「坊ちゃん」表記をネット上で見ることができます。
商標の登録的な件とかもあるのでしょうか?食べ物の商品名に「坊ちゃん」表記が多い気がします。
まあどっちでも通じるのでよしとしましょう。
松山市民の漱石ファンとして何かと「ぼっちゃん」という名称が使われていることへの喜びを感じます。
小説内で坊っちゃんは松山を「不浄の地」などと散々こき下ろしているが、松山市民は優しく許している(松山坊っちゃんあるあるその5)
写真は現在の愛媛県松山市

小説「坊っちゃん」の主人公である坊っちゃんは江戸っ子気質で、赴任先である松山(作中では「四国の辺鄙な中学校」)の風土や人々を徹底的に見下しています。
坊っちゃんは東京に戻る時に「その夜俺と山嵐はこの不浄な地を離れた」とまで表現されています。
漱石は正岡子規に対して、小説内の松山の表現を手紙で詫る表現をしたという話もあります。
ですが心優しい松山市民は、ここまで松山を有名にしてくれた漱石に対して今は全てを許していると思われます。
松山市民が全員小説「坊っちゃん」を読破しているわけではない(松山坊っちゃんあるあるその6)

松山市は「坊っちゃん」の街として有名ですが、実は地元民の大部分が小説「坊っちゃん」を最初から最後までちゃんと読んだかと言われると微妙です。
私の体感ですと、現代の松山の民の「坊っちゃん」読破率は、日本全国の平均値辺りと変わらない気がします。
小説「坂の上の雲」の秋山真之と漱石は同世代の知り合いだった(松山坊っちゃんあるあるその7)
写真は秋山兄弟生誕の地にある、兄弟の肖像画(左が秋山好古、右が秋山真之)


愛媛県松山市と言えば文学の街として有名ですが、漱石の小説「坊っちゃん」と並び称されるのが司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」です。
坂の上の雲は愛媛県松山市出身の秋山兄弟「秋山好古、秋山真之」と「正岡子規」の3人を主人公にした松山では馴染みの深い小説ですが、秋山兄弟の弟真之と子規と漱石は3人とも同世代の知り合いなのです。
3人は明治時代に東京大学予備門(のちの第一高等中学校、東京大学教養学部)で出会い、生涯にわたって深い友情と影響を与え合った強い絆で結ばれた盟友関係なのです。
愛媛県松山市と言えば何かと登場する秋山兄弟と漱石も知り合いだった!という事実は感慨深いものがあります。
愛媛県松山市の秋山兄弟の観光スポットについては是非下記記事をお読みください!
「秋山兄弟」「坂の上の雲」の愛媛県観光スポットめぐり_県外施設や関連する学校もご紹介!
「坊っちゃん団子」と言えば現在愛媛県の最強お土産の1つ(松山坊っちゃんあるあるその8)

写真はつぼや菓子舗さん(元祖坊っちゃん団子)の抹茶と坊っちゃん団子のセット

現在の坊っちゃん団子は、小説「坊っちゃん」にちなんで作られ、道後温泉のお茶菓子や愛媛県のお土産として広く親しまれています。
話中で、主人公坊っちゃんが温泉街で団子を食べるシーンに登場したことを由来としています。
坊っちゃんは温泉街の遊郭の入口にあった団子屋で「大変うまい」という評判を聞いていたため、温泉の帰りに2皿食べて7銭を支払いました。
誰も見ていないと思っていた翌日、学校の黒板に生徒から「団子二皿七銭」とイタズラ書きされてしまい激怒するというあらすじです。
現在複数の食品メーカーから坊ちゃん団子が販売されています。
坊っちゃん団子等の愛媛県の有名お土産については、是非下記記事をお読みください!
愛媛の人気お土産20選おすすめ!定番スイーツや愛媛グッズをご紹介
小説坊っちゃんの舞台だけあり、坊っちゃん列車が色々な場所にある(松山坊っちゃんあるあるその9)
写真は梅津寺公園に展示されている伊予鉄道1号機関車(実物で当時走っていた坊っちゃん列車)

写真は伊予鉄道後温泉前に展示されているディーゼルエンジンにより復元された坊っちゃん列車

写真は伊予鉄道の坊っちゃん列車ミュージアムに展示されている坊っちゃん列車

写真はコーヒー&ステーキ 坊っちゃんの入り口にある坊っちゃん列車

写真は子規堂にある実際に乗ることができる坊っちゃん列車の客車

愛媛県松山市には、さすが小説坊っちゃんの舞台だけに各所で坊っちゃん列車を見ることができます。実際に今でも走る坊っちゃん列車やレプリカ、当時の実物坊っちゃん列車の展示と盛りだくさんです!松山市においでになったら「坊っちゃん列車巡り」も楽しいですよ!
松山市の漱石グルメと言えばもぶり飯「松山鮓」(松山坊っちゃんあるあるその10)

もぶり飯は別名松山鮓(まつやますし)と呼ばれる、愛媛県松山市に古くから伝わる伝統的なちらし寿司です。
漱石が初めて松山に来た際に子規の家を訪れ、子規の母八重がもぶり飯を作りもてなし、漱石は大変喜んだという逸話があります。
それ以来漱石はもぶり飯を大変好んだということです。
もぶり飯はお祝い事やおもてなしの際に作られる料理で、愛媛の方言で「混ぜる」をことを「もぶる」と言うことから「もぶり飯」と名が付いた様です。
具には瀬戸内の旬の小魚やアナゴ、金糸玉子などが使われます。
甘めの合わせ酢でつくる酢飯は食欲をそそります。
子規はもぶり飯を詠んだ句を3つ残しています。
「われに法あり君をもてなすもぶり鮓」
「ふるさとや親すこやかに鮓の味」
「われ愛すわが豫州松山の鮓」
松山市にいらっしゃったら是非もぶり飯もご堪能いただきたいです!
夏目漱石・小説坊っちゃんの愛媛県松山市名所めぐりあとがき
写真は松山市のアーケード商店街「銀天街」にある漱石の案内標識

さて「夏目漱石・小説坊っちゃんの愛媛県松山市名所めぐり」記事は如何でしたでしょうか?
記事を読んでいただくと分かるのですが、愛媛県松山市は漱石の小説「坊っちゃん」の舞台として、関連する観光スポットや名所がたくさんあります。
漱石ファンの方や小説坊っちゃんの聖地巡礼で是非愛媛県松山市においでください!
松山市民は皆様を心からお持ちしております!
写真は松山空港にある坊っちゃんとマドンナの顔はめパネル
左から「愛媛県のゆるキャラ、みきゃん」「マドンナ」「坊っちゃん」「みきゃんのライバル、ダークみきゃん」


